「私が育った1950年代や60年代、
両親が『私たちの子ども』と言った時は
私や兄弟だけではなく、
町に住む子ども全員を指していました。
町の住人全員が少しづつ負担し、
すべての子どもがその利益を得るという考え方がありました。
しかし、この数十年間の間に『私たちの子ども』という言葉が
指す対象は狭くなり、自分たちの生物学的な子どもだけになりました。
同じ町に住んでも『他人の子ども』なのです」
これは、ハーバード大学教授、社会学者の
ロバート・パットナムさんの言葉である。
このお話は、パットナムさんが言ったことだと説明しなければ、
日本における『私たちの子ども』に対する意識の変遷である。
10年ほど前までは、アメリカで流行ったものは、10年か15年と
時間はかかっても必ず日本でも流行るとビジネスの世界では
言われていた。
確かに製品や商品といったものから音楽や映画といった文化、
そして暮らしそのものまで日本のアメリカ化は進んだ。
そして、たぶん多くの日本人は、そのことが嫌いではない。
渡辺京二さんの『逝きし世の面影』のなかに描かれた
江戸末期から明治にかけての日本人は子どもを大事にしたとある。
それも、子どもが社会の中心であった様子がうかがえる。
子どもは未来だ。
そして『私たちの子ども』は、やはり社会の子どもである。
子ども達を、どう育てるかということが社会の命題である。
子ども中心の社会から、大人中心の社会に変貌した結果だ。
「われわれは、未来の子どもから地球を借りている存在に過ぎない」
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